2026年3月28日土曜日
ペニャさんからのメッセージ
2025年1月31日金曜日
【転載】動画「移民・難民に聞く 日本の入管政策」ペニャさん
[Posted on 2020/6/20]
【転載】
https://pinkydra.exblog.jp/29060551
SYI世界難民の日企画2020
動画「移民・難民に聞く 日本の入管政策」
ペニャさん(チリ)
本日6月20日は、難民条約を記念するための「世界難民の日」として定められています。
〔中略〕
本日から毎週土曜、友人たちのビデオ・メッセージを、ウェブ上で配信します。第1回は、5月末に収容を解かれたばかりの、チリ出身のクラウディオ・ペニャさんの話です。途中までは彼が収容中に作成された動画ですが、後半は本人のメッセージです。
帰国できない事情がある移民・難民を「送還忌避者」と侮蔑し、無期限収容によって迫害している日本の入管が、どれほど一方的で、恣意的で、偏見や蔑視にまみれ、反人道的であるか。この動画シリーズをつうじて、一人でも多くの日本に暮らす人々に知ってもらいたいと思います。
SYI (収容者友人有志一同 Immigration Detainees’ Friends)
http://pinkydra.exblog.jp
twitter.com/SYI_pinkydragon
080-8844-7318
freeimmigrants@yahoo.co.jp
VIDEO Message for WRD 2020: Claudio Peña
[Posted on 2020/7/15]
Originally Uploaded by SYI (Shuyosha Yujin-yushi Ichido: Immigration Detainees’ Friends)
https://pinkydra.exblog.jp/29076784/
Video Message 1: Claudio Peña
Messages from Refugees/Undocumented Immigrants in Japan, for World Refugee Day 2020
Language: Japanese and English
Subtitle: English
Edited by SYI
(May 2020)
Claudio Peña is a cook working in Japan for many years.
He lost visa in 2011, and was detained by the immigration twice.
The second detention reached 2 years and a half in April 2020.
Claudio Peña had worked as a cook since entering Japan in Jan. 1996.
In the end of 2010, he left his previous workplace to work at a new restaurant to be established by his Japanese friend.
However, the 2011 great earthquake and Fukushima nuclear disaster made the Japanese friend decide to give up his plan and leave Japan.
Claudio Peña looked for a workplace, but he couldn’t find any.
Immigration Bureau did not extend his period of residence.
Peña was thus made undocumented and detained by the immigration.
Claudio Peña was over fifty then. He cannot return to Chile.
He has neither expectation to establish life again in Chile, nor family to support him after his return.
Moreover, Claudio Peña is a refugee.
During the 1973 Chilean coup, Claudio’s father was forced to help with the army’s persecution of activists and massacre.
After the democratization in 1990, the father reported what he had done to the Truth Commission.
However, this provoked hostility both from the right and the left.
The whole family became the target of right-wing persecution.
As the result, Peña’s family was forced to live separately.
Despite that, one night in 1992 in Santiago, Claudio Peña was abducted by unidentified attackers.
He was taken outside the city, beaten up, and seriously injured.
In the hospital, he had to keep the reason secret from the doctor
in order to avoid further persecution.
Claudio Peña had to leave Chile.
He initially flied to Europe, where he met a Japanese
who asked him to work his restaurant in Japan.
It is so cruel and unfair that Immigration Bureau ignores all the reasons above but order him deportation.
Besides cooking, Claudio Peña is also good at drawing.
He made many artworks describing what happened in East Japan Immigration Center.
When a detainee and named Deniz attempted suicide, Claudio drew the incident in a picture, with a message that he should be released immediately.
This shocking drawing attracted public attention.
Claudio Peña is so a kind person.
In spite of his own difficulties, he often helps other detainees.
For example, he shares his possessions with others.
He negotiated with the officers patiently for immediate medication for his friend Deniz when he suffered from toothache.
It is the time for him to be released.
(June 17, 2020, two weeks after his release from immigration detention)
Hi, I am PEÑA Claudio.
I live in Japan for 25 years.
I lost my visa.
It’s so tough, but ….
I have now so many people to support me.
I really, really appreciate it.
And … I will do my best to be recognized as a refugee.
Japan’s asylum process is considerably strict, but I won’t give up, although it’s so tough to live under the status of Provisional Release.
To all my supporters, thank you from the bottom of my heart.
Thank you so much to everybody for supporting me.
And … I want to say to all the refugees in the world: Just fight, just fight.
I wish you a success.
2021年6月3日木曜日
クラウディオ・ペニャさんからの手紙(6月1日)
クラウディオ・ペニャさんによる、ドキュメンタリー映画「牛久」に関する手紙
私、クラウディオ・ペニャは、ドキュメンタリー映画「牛久」に出演することに同意しました。
これからも映画に出演することについて同意します。
しかし、ドキュメンタリーの撮影が終了してから起こったことが、私にとって多くの問題を引き起こしました。
そのことがあったから、もうこれ以上このドキュメンタリーについては話したくありません。
それらの問題は、私と監督との間の問題であり、我々の間のプライベートな問題です。
なので、これ以上私に対して、それらの問題について、何も聞かないでください。
クラウディオ・ペニャ
2021年6月1日
本件について、ペニャさんにはもう何も聞かないでください。 彼は一連のできごとにより非常に強いストレスを受け、疲弊しています。彼のことを心配してくださる方も、恐縮ながら、どうかご遠慮ください。―― 同じ日にペニャさんは、柏崎(SYI)と、他のペニャさんの友人2名との前で、この問題にかんして彼に起きたことと彼が思うことについて説明しました。ペニャさんはその1人(柏崎ではない)に、彼の指示どおりに英語の手紙と、その日本語訳とを作成することを依頼し、できあがった手紙を承認しました。
Letter from Claudio Peña (June 1)
Letter by Claudio Peña Regarding the Documentary Film Ushiku
I, Claudio Peña, agreed to be in the documentary film Ushiku.
I continue to give my consent to be in the film.
However, there were issues following the filming of the documentary that have caused me many problems.
Because of this I do not want to talk about this documentary anymore.
The issues are between the director and me, and these are private matters between us.
So please do not ask me about these matters anymore.
Claudio Peña
June 1st, 2021
--- On the same day, Claudio Peña explained what happened to him and what he thinks about this issue in front of M. Kashiwazaki (SYI) and two other friends of him (Peña). Peña requested one of them (not Kashiwazaki) to make an English letter and its Japanese translation following his direction, and then authorized them.
Please do not ask Peña about these matters anymore, even if you stand on his side. He is so exhausted. Thank you for your understanding.
2021年5月26日水曜日
クラウディオ・ペニャさんからの手紙(5月23日)
ここ最近、ペニャさんの身の回りに起きたことについて、ペニャさんが手紙を書きました。
本件について、これ以上、ペニャさんに話をしないでください! 今後、このことで、彼の意に反して彼に連絡をとろうとする、悪意ある人がもし出てくれば、支援会として対策を講じます。
最近、私を助けるためにコンタクトして下さったすべての方に、感謝しています。また、多くの人々から、私を侮辱する電話を受けました。私たちが違う方法をとるからと言って。
以前に何度も言った通りのことを、私はほんとうに望んでいます。あの『牛久』という映画については話したくありません。
誰もが尊重されるに値します。この映画に関係がある人も、そしてあなたたち全ても。そして私も、無益に消耗された精神的健康のために、尊重を受けることを求めます。
Free Cloud Penaの〔ウェブ〕ページにある私の手紙は削除します。とはいえ、それはなお、私の感じていることなのです。
これ以上、このことについて私は話したくありません!
Claudio Peña Godoy
クラウディオ・ペニャ・ゴドイ
2021年5月23日
Letter from Claudio Peña (May 23)
Claudio Peña's letter about what happened to him these days.
Please respect him and do NOT talk to him about this case ANY MORE !
I want to say thank you very much to all the people whose contact me to support me in the last days, also many people called me to insult me because we are in different ways.
I really would like how I said before many times: I don't want to talk about that film "Ushiku".
I will delet my letter that on Claudio Peña Free Page, but that is still how I think.
Claudio Peña Godoy
2021 / 5 / 23
2021年5月20日木曜日
ペニャさん手記の公開停止
[5月22日 07:00] ペニャさんの希望により、先日公開した、5月17日付手記の公開を停止します。
同手記は、ペニャさんが自分の身の安全を守るため、必要に応じて必要な相手(入管当局を含む)に開示します。
2020年6月13日土曜日
ペニャさんから感謝のメッセージ
ようやくペニャさんは解放後の生活が落ち着き、新たな作品を描く余裕をもてました。今後もペニャさんは、医療、そして在留資格を求めるための活動を続けていきます。ひきつづきご支援をよろしくお願いいたします。
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私は違う人生を歩み始め、私の行く道に光が灯り始めたのを感じています。あなた方のサポートは私にとってとても大切なものでした。
どうもありがとうございます!
コロナ2年6月
2020年6月12日金曜日
Gratitude from (Agradecimiento de) Claudio Peña
Claudio Peña, nuestro amigo que salió del centro de detención de inmigrantes el 25 de mayo de 2020, ha publicado una nueva obra de arte que expresa gratitud a sus seguidores.
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Mi vida ha tomado otro rumbo, veo cómo mi camino se comienza a iluminer.
Uds han sido un apoyo muy importante para mí. ¡Muchas gracias!
My life has take another direction, I can see how my path begins to light up.
You have all been a very important support for me. Thank you so much!
June 2020 (Corona 2)
2020年5月25日月曜日
ペニャさん仮放免! 本人メッセージ
外で支援者と目が合ったときには、涙ぐむ場面も。
二年半にもわたる収容、お辛かった思います。
本人からメッセージをいただきました。
ぜひご覧ください。
ペニャさんの生きる権利のためのたたかいは、これからも続きますが、まずはゆっくり休んでいただければと願っています。
ペニャさんにひきつづきご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
2020年5月25日 柏崎正憲(SYI)
2020年5月17日日曜日
「ここは収容所ではなく監獄」医療怠慢とコロナ感染リスク軽視の牛久入管
持病と健康悪化の苦しみ、コロナウイルスの感染リスクを軽視した入管の待遇への恐怖、そして外部交流の制限による苦しみがつづられています。
牛久入管、吉村真弘所長は、すぐにペニャさんを仮放免せよ!
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This is not an Immigration Detention Center,
this is not a Refugee Camp,
this is a JAIL.
ここは入管収容施設でもなければ、
難民キャンプでもありません。
監獄です。
東日本入国管理センター
吉村真弘 所長
1月28日に脚の痛みがあったため、入管内で医師に診察してもらいました(下腿静脈瘤及び膝に異常がありました)。医師はとても丁寧に診察してくれました。
その日、部屋に戻ったところ、その日の担当職員(HC652)に、「思い違いをしている」と言われました。診察してくれた医師は消化器内科の専門だったからです。
私は、整形外科の医師に診察してほしいと訴え続けました。
2月19日になってようやく、整形外科の医師に診察してほしいとのアプリケーションを書くことができました。両膝の関節の激痛により、歩くこともままならなかったからです。時として私は痛みで体のコントロールも失われ、これまでに6回も倒れ、頭や両手を強打しました。
3月になって、私は突然倒れ、数日間にわたり、肛門から出血しました。
4月13日、私は入管内で医師の診察を受けましたが、医師は私を診察すると、外部の病院に行き、専門医に診察してもらうよう指示しました。
4月24日、職員に連れられて、牛久市内のSクリニックへ行きました。その病院のS医師はとても親切で、私の持病を、とても心配してくれました。彼は私を診察し、薬を処方してくれました。そして、内視鏡検査のために、5月13日にもう一度来るよういわれました。
私が整形外科の専門医に診察をしてほしいと申請してから、70日以上もかかりました。なぜ、入管は私の脚の病状が現実の問題であることを疑うのでしょうか。至急、治療を受けるため、専門医に診てもらなければならないのに、なぜ、それを疑うのでしょうか。
また、なぜこの場所から出かけて、わざわざ、今もっとも危険な場所だといわれている「病院」に行かなければいけないのか、理解できません。
また、いつものことではありますが、病院に私を連れて行く際に、20席以上あるミニバスを使っているにもかかわらず、3認の入管職員のうち必ず1人が、行きも帰りも私の隣に座るのも理解できません。私が手錠を掛けられているからですか? ソーシャル・ディスタンスは2メートル感覚をとらなくてはならないはずです!
また、私のブロックの担当さんはこう言いました。「ペニャさん、私は外にいるとき、マスクをつけていません。マスクを使っても無駄、意味がないよ。使っても意味がないよ。」
4月27日以降、私たち収容者への面会は許されず、ボランティアには10分の電話しか許可されなくなりました。
今日、4月28日、初めての「電話面会」〔面会の代わりの官費による電話〕がありました … 担当さん(HC841)が同じ場所にいて、私が話した内容は全て聞かれてしまいます。
ここは出入国管理センターではありません。
ここは難民キャンプではありません。
ここは刑務所です。
クラウディオ・ペニャ(チリ)
2020年5月5日火曜日
ペニャさんより 感謝と自己紹介
ペニャさんより 感謝と自己紹介
ご支援いただいている皆さまに、ペニャさんより、感謝の気持ちをこめた作品です。あわせて彼自身の筆による自己紹介状もお預かりしました(画像はクリックで拡大します。)。
2020年3月29日日曜日
作品 「懲罰房」の問題
2019年5月
(翻訳)長期収容をやめろ
あるトルコの若者は、サッカーでけがをして以来、房にこもって休んでいる。片足をけがしていて、彼はうまく歩けない。5月22日、その19歳になるクルド人の若者〔上記人物と同じ、トルコ国籍クルド人〕はおかしくなり、まさにヒステリーの発作のようになり、大声で叫び、泣きわめき、周りのものをなんでも壊そうとした。彼の仮放免申請が不許可になったと伝えられた後だった。若者は成田空港から連れてこられ、ここ〔東日本入管センター〕には6か月収容されている。
20人以上の職員がやってきて、若者を房から出し、彼の体を持ち上げて運んでいった。職員たちは彼を強制的に懲罰房へ入れた。
Stop long-term detentions
A young turko [Turkish] boy was just resting in his cell since he had an accident playing football. He cannot walk very well, because he had a foot injured. On 5月22日 the kurdo [Kurdish] 19 years old boy [the same one, a Kurdish man from Turkey] become crazy, a real histeric attack, shouting, screaming, crying and trying to destroy everything around him, after to get a negative answer to his karihomen application. The young boy detained almost 6 months in here [East Japan Immigration Center] come from Narita Airport.
More than 20 officers came to this block and took the boy out from the cell carrying him up with their hands; all the officers force, the boy out from the cell, they took him to oshobatsu [chobatsu].
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入管の「懲罰房」について
東日本入管センター(牛久入管)はじめ、入管収容施設には、隔離房、いわゆる「懲罰房」が設けられている。入管の建前では、それは対象者を隔離するための部屋であって、罰や制裁を与えるためのものではない。
だが実際の隔離室は、狭くて窓もなく、トイレとの仕切りもなく、24時間モニター監視で消灯もされない。そこに閉じ込められる人にたいして、相当な屈辱と苦痛を与える設計といえる。純粋に「隔離」だけが目的なのに、対象者の品位や尊厳をここまで否定する必要があるだろうか? 実際に現場の職員も、収容者にたいしてはしばしば懲罰房という語を使うという。
だからペニャさん含め、この部屋を懲罰房と呼ぶ収容者たちは正しい。設計としても使われ方としても、それは事実上の懲罰房である。
2020年3月16日月曜日
作品 彼を解放しろ!
【追記 本年3月24日、絵の人物デニズさんは仮放免され、収容所から出ました。】
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(以下 SYI 収容者友人有志一同ブログ 2020年3月6日 より転載)
繰り返しの再収容に苦しめられ、2月に数度の自殺未遂をはかった、クルド人デニズさん。彼と同じく牛久入管に収容中のペニャさんによる、デニズさんを救ってほしいという切実な訴えを託した絵を、私たちはこのたび受け取りました。
すでに二年半近く収容されているペニャさんは、デニズさんのことを彼自身のことのように感じています。彼らの悲痛な訴えを、一人でも多くの人に知ってもらえるよう、ペニャさんの絵とメッセージを公開します。
彼はエアコンの通風孔にシーツを挟むと、シーツが彼の首を絞めた。デニズさんはこの苛酷な経験のなか一命をとりとめた。
職員たちは彼を懲罰房(a punishment cell)に放り込んだ…… なぜ彼を罰するのか? 自殺は日本で犯罪とされているわけではないのに。なぜ彼を精神科医に診せないのか? ここ〔牛久入管〕でこういうことが起こるのは初めてではない。きっとこれが終わりでもないだろう。
彼のために祈りを!
私たちのために祈りを!
クラウディオ・ペニャ
デニズさんについて
周知のとおり、長期収容に抗議してハンガーストライキを行い、何度も再収容されている方の一人で、二週間の超短期仮放免のあいだにも入管収容の問題を訴えつづけてきました。今回の自殺未遂について、ジャーナリスト樫田秀樹さんは次のように伝えています。
「書くかどうか迷ったが敢えて書く。牛久入管に延べ4年の長期収容をされているデニズさん(トルコ国籍クルド人)に2月27日に面会。無精髭だらけで気力がない。2月21から25日の5日間で6回も自殺未遂をしたそうだ。計画的自殺ではなく衝動的にやる。自分の行為に「またやってしまうのか」と震えていた。」(3月4日ツイッター)
3月5日には参院予算委で、石川大我議員がデニズさんの件を質問しています(同質問を含む仮のスクリプトが石川議員Facebookに掲載)。
【追記 3月24日、絵の人物デニズさんは仮放免され、収容所から出ました。】












